2006年08月10日

「エコ疲れ」してませんか?

執筆者野辺公一
●オプコード研究所

マナーの悪いオヤジたち 

 最近、50代以上世代のマナーの悪さが目立つ。もう「何したって関係ねえー」といわんばかり。社会との接続感覚というものを喪失しつつあるオヤジやオバさんというものをかなりの確立で見かける。

 電車に乗れば二人分の席を占めて平気。大股を広げて短い足を誇示するのもほぼこのオヤジたち。どう見たってまだ60代初めのオヤジは酔っぱらってかったるくなったのか、シルバーシートに座る若者に難癖を付ける。
 さらに、これは世代を超えてだが隙あらば、コンビニでもどこでも家庭ゴミが捨てられる。

 これって、一体何だろうか、と思う。

接続感覚の崩壊
 
 社会との接続感覚は、高度な消費資本主義社会に上りつめた80年代後半から「個族」化することで、解体が進んだ。そして、バブル崩壊によって、リストラなどの嵐は確実に親の心像風景を荒らし、その荒らした部分が子どもたちに伝えられる。その表出の一部が虐待という事件となって露呈する。あるいは3万人を超える自殺者をもって。 
 
 市場は確かに多様化し、個別のマスマーケットを築いているかに見えるが、基本的にはシステムという形で蜘蛛の巣上に構築されている。ここでは、誰でもある位相に立つと社会との接続感覚は破壊されるようになっているのではないか、とすら思えるのだ。
 
 とりわけバブル崩壊後の10年以上の凄まじい心像風景を抱えて、引退という時期を迎えつつある、この親世代のマナー崩壊は、そうした日本が抱え込んでいるシステムの破綻を証左しているように思えてならない。
 
 そして、この団塊の世代に象徴される労働市場からの撤退組は、バブル崩壊後の強烈な閉塞感を抱えたまま社会から地域に帰っていかざるをえない。このオヤジたちに社会との接続感覚を回復させる方法は何があるのだろうか。

クローズアップ現代を見て 

 そんな感じで、NHK「クローズアップ現代・崩壊?日本人のモラル」を見ていて感じた。番組ホームページでは、その放映内容を以下のように紹介している。

高速道路の料金所を料金を払わずに突破する車。コンビニや道の駅のゴミ箱に捨てられる大量の家庭ゴミ。図書館では本の無断持ち出しや切り抜きが相次ぐ。思わず首をかしげたくなるようなことが私たちの身の回りで日常的に起きている。各地の自治体は、監視カメラの設置やパトロール強化など対策に追われるが、効果はあまり上がらないうえ、コストは税金で賄われるため結局ツケは住民全体に回っている。「私」より「公」を優先させることが美徳とされてきた日本人のモラルに何が起きているのか。現場からのリポートとともに、スタジオにふたりの識者を招き、その背景を読み解いていく。
(NO.2278)

エコ疲れという視点
 
 番組を見終わって感じたことは、二人の識者たちは口が裂けても言わないだろうが、これって社会のシステム圧力的なエコに対する反乱と見ることもできるな、と思った。
 
 つまり、「エコ疲れ」現象という視点から分析したらもっと面白いと思ったのだった。
 
 このバブル崩壊以降の世界を一言で語るとすれば、一つにはエコ圧力社会ということもできる。エコ圧力こそ、社会や地域との接続感覚を前提としているものだからである。それが解体に瀕しているのではないだろうか。
 「エコ」は疲れます、とおじさんたちは言っているように思われた。

自律的エコと他律的エコ
 
 この場合、エコなる消費者の行動は二つに分裂し、一つは自律的なエコ。自分の気分でエコ社会に参画しているという「気持ちのいい」部分では積極的にエコ気分を発散できる。ここではエコ的抑圧を味わうことはない。住宅や車、あるいは、エコ商品なるものは自分たちの責任と気分で選択するエコだ。従ってエコを指数が1でも100でも、気分としては自律的なエコなのだ。
 
 その一方で、ゴミの分別等、法的なあるいは地域参画型の他律的なエコは、守るべき指数が定められている。こうした他律的なエコは決して自律的なエコとして解決しない部分が多い。
 業務ならまだしも、生活部分での圧力だから、うんざりする人々も多いのだろう。
 
 本来は、この他律的エコ部分こそが町づくりのシステム(またしてもシステムなのだが)として、住まい手にそのような負担を感じさせない仕組みづくりが大切なのだろうと思う。
 
 しかし、マンションの大規模修繕や積立金の滞納者がらみの訴訟事件などを見たり、分譲地でのゴミ集積場清掃問題などを見ていると、「気持ちよく」エコなる他律性をどう発見するのかが21世紀の重要なテーマだな、と思うのであった。
 
 エコ疲れ。ここからの脱出方法はどこにあるのか。
 
 そして、市場も自律的なエコは他律的エコ疲れの影響を受けはじめていく、と考えている。とすれば、他律的エコの接続感覚の回復に向けた仕組みを少しだけでも我々のテーマとして引き寄せておく必要はないだろうか。
posted by s-housing at 14:07| 野辺公一の21世紀工務店の源泉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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